written
by 子リスさま
「11月3日」は伊豆で過ごさないか?
真澄に言われたのはちょうどその日から1週間前だった。
「速水さんのお誕生日だよね。でも伊豆って?」
「そう、俺の別荘があるところ」
「あっそう言えば前に聞いた気がする。でも仕事入ってるかも・・・」
「ああ、それはないよ。すでに調査済みっていうか俺がその日はオフにさせた」
「それって社長特権?」
「まあな、普段使えない特権をここでフルに活かさせてもらった」
「ずるいなあ、でもうれしいから全然オッケーだよ」
「じゃあ、迎えに行くから、時間は連絡するよ」
「うん・・・」
マヤと真澄がそういう関係になったのはおよそ半年前からだった。真澄の結婚が決まって、慌しく準備して
いる最中に突然マヤから食事の誘いがあった。相変わらず、仲が良いのか悪いのか良く分からない二人
だった。それでもマヤから食事に誘うと言うことは今までにないことで真澄を戸惑わせたが、断る理由もなく
むしろ喜んでマヤの誘いに乗った。
そこは、女の子が好きそうな可愛らしいイタリアンレストラン風の居酒屋で、何事においても突発的に動く
マヤにはめずらしく、しっかり予約がしてあった。
「君から誘ってくるなんて珍しいな。初めてじゃないか?」
「まあ、日ごろお世話になってるし、社長だし・・・」
「社長か。そうだな俺は君の雇い主だ。大事にしろよ」
「大事にしてますよ。ものすごぉく」
「そうだな。紅天女は大都で今までに一番の当たり作品になってるし、ずいぶん貢献してもらってるよ」
「貢献ですか・・・」
マヤは、いかにも甘そうなピンクのカクテルを傾けながら少し寂しそうに目を伏せた。
「どうした?」
「ううん、何でもないですよ。なんか変ですか」
「いや、俺の気のせいかな」
「それより、今日はアタシのおごりですから、じゃんじゃん食べてくださいよ」
「もちろん、そうさせてもらうよ。これが最初で最後かもしれないからな」
意地悪そうにマヤを見た真澄に、マヤは口を尖らせた。
「もう、ひどいですよ。アタシだってたまには・・・。ああ、でもこれが初めてだからえらそうな事は言えない
んですけど」
そう言って、マヤはますます口を尖らせた。
「ハハハ、まあ、そう言うなって。またおごってもらうさ」
「はい、お任せください」
真澄にとって、そんな他愛もない会話がたまらなくいとおしかった。
どうしてオレは結婚するんだろう。この愛しい女とではなく、親が決めた縁談に乗っかって、自分の気持ちに
ウソをついて。
「今日はごちそうさまでした」
「いいえ、どういたしまして」
食事の時間は瞬く間にすぎ、店を出た二人は駅に向かって静かに歩いた。
「風がきもちいいな」
「そうですね」
ぽつ、ぽつと会話をした。しばらくすると、マヤが一人歩みを止めた。
「ん?どうした」
振りかえった真澄がマヤの方を見ると、マヤは今にも泣き出しそうな顔を真澄に向けた。
「アタシ、アタシ。速水さん結婚したら言えなくなっちゃうから・・・」
「えっ?」
瞬間二人の間を嵐のような風が吹きぬけ、マヤの黒髪が表情を隠す。真澄はマヤの顔が見たくて彼女に
向かって歩き始めた。
真澄がマヤの目の前にたどり着くと、ちょうど風がさっきと逆向きに吹き始め、やっとマヤの顔が見えた。
マヤは涙をこらえているようだったが、涙は後から後から溢れ、少しくすん、くすんと聞こえた。
「アタシ、速水さんが好きでした」
マヤからの告白を受けた真澄はすぐさま行動を起こし、どんな努力をしたのかは定かでないが結婚を
取りやめた。
マヤがいくら尋ねても、そのことについては微笑むだけで一切語らず、結局根負けしたマヤが聞くことを
諦めて今に至っている。
「マヤ起きてるか?」
真澄がマヤを迎えに来たのは、朝の10時ごろだった。
「いらっしゃい。起きてるか?はないでしょ。すごおく楽しみにしてたんだからね。」
マヤは真澄を招きいれ、キッチンでコーヒーを入れながら言った。
「そっか、寝ぼすけのマヤだから、あんまり早くても待ちぼうけくいそうだったからな。この時間でちょうど
よかっただろ?」
「はい、はい。よくご存知で。はいコーヒー」
「ありがとう。支度は・・・できてるな」
「だから、すごく楽しみにしてたって言ったでしょ。もう7時ごろから支度始めちゃったよ」
「そっか」
真澄はマヤの髪をなでながら、頬にキスをして、コーヒーを一口飲んだ。
「じゃ、行くぞ」
「うん」
なんだかんだで、結局伊豆の別荘に着いたのは3時を回ったころだった。
「うわ〜海がすごく綺麗に見えるよ」
マヤが部屋に入ると、大きな窓いっぱいの海が目に飛び込んできた。
「外出ていい?」
そこはバルコニーになっていて、すぐ下に人気のない海岸が広がっていた。
「そうだろ、この景色を見せたかったんだよ。これ食ったら海岸に下りよう」
「これって?」
マヤが後ろを振り返ると、プチケーキがお皿に盛られ、真澄が紅茶を入れているところだった。
「ちょうど、おやつの時間だ。マヤの腹の虫も催促してるんじゃないか?」
「ちょちょちょっと!今日は速水さんの誕生日だよ!!」
マヤが慌てて駆け寄ると、真澄は
「それがどうした?」
と、しれっと答えた。
「それがどうしたってってねえ・・・今日の主役がすることじゃないよ」
「俺の誕生日だから、俺がやりたいことをしてるだけだよ。俺がマヤをここに連れてきたくて、俺がマヤに
ケーキを食べさせたくてしてるだけ」
「でも、アタシだってお湯くらい沸かせるし、一緒にやる」
「そっか、やけどすんなよ」
「あのさあ、さっきウチでコーヒー出したでしょ」
マヤが抗議の目を向けると、真澄はケタケタ笑った。
「クックック・・・そうだったな」
「もう・・・」
「う〜食べたあ」
マヤは、お腹をポンポンと叩いて満足げに微笑んだ。
「さあ、マヤの腹の虫も機嫌が良いみたいだし、海岸に下りてみよう」
プチケーキをほとんど一人で食べきったマヤの幸せそうな顔を見て、真澄は海岸に誘った。
「あっ寒いから、ちゃんと上はおってけよ」
マヤのおっちょこちょいぶりを常に見ていると、ついこんな細かいことまで注意してしまう。
「もう、速水さん、アタシ子供じゃないよ」
「そうでした。もう十分大人の女性だな。他の男は知らなくても俺だけはよーく知ってるよ」
意地悪そうな顔をマヤに向けると、マヤは赤くなって下を向いて目をきょときょとさせていた。
「もう、意地悪」
「何がだ?」
さらに、意地悪なことを言ってみる。
「もう、知らない」
かわいい・・・
幸せだ
「ほらほら、レディーは俺とデートしてはもらえないのかな?」
真澄がマヤの前に膝まづき、下から除くと、マヤは真澄の目をそらすように、右斜め下に視線を送って
しばらく膨れていたが、やがて小さく
「する」
と、答えた。
よし!
秋の海岸には真澄とマヤ以外誰もいなかった。
二人で手を繋いで歩く。
夕日が二人を照らしていた。
「ねえ、速水さん。風がきもちいね」
「そうだな。寒くないか?」
「ううん、ちっとも」
秋風が頬をなでた。マヤは耳の少し下で煩わしそうに髪を押さえ、うなじが露になった。その姿が何とも
官能的で、真澄はそのうなじに後ろからキスをした。
「速水さん?」
ビックリしたように振り返るマヤに、真澄は言った。
「綺麗だったから」
フフフ・・・
マヤが笑った。
部屋に戻ると、すでに夕食の準備が整えられてあった。夕食は真澄が手配した一流シェフによる
ケイタリングだった。
「今日さあ、誰の誕生日だっけ?」
「ん?俺」
「そっか、いいんだよね。ちょっと勘違いするところだった」
「このシェフうまいんだよ。だからマヤと二人で食べたかったんだけどさ、レストランとか行くと人の目とか
気になるだろ」
「うーん、そうなんだけどさ」
マヤはちょっと口を尖らせた。
「何、その不満そうな感じは」
「うん、ほらなんかさ、アタシ何にもしてないなっていうかさ・・・」
「なんでそういうこと言うんだよ」
真澄は手を伸ばし、マヤの頬をなでた。
「今日の俺の最大の望みは、マヤが側にいるっていうことであって、それ以上でもそれ以下でもないんだよ。
まあ、今日だけじゃないんだけど、いつも我がまま言ってらんないだろ、今日ぐらい我がまま言わせてくれよ」
「う〜ん」
「マヤ・・・」
うわぁきもちい、何なんだこのプニプニは
しばらく真澄はマヤの頬の感触を楽しんでいたが、マヤが突然思い出したかのように叫んだため、
中断を余儀なくされた。
「あっそうだ!」
ちぇっ
「何だ?」
「アタシ、プレゼント持ってきたんだ。えっとどこ置いたっけな」
マヤは立ち上がってうろうろ部屋を探し出した。
「あれ〜?」
マヤが探し出せないでいると、真澄が何やら小さな紙袋らしきものを持ってきた。
「これじゃないか?」
「ああ、そうそう。ハイどうぞ」
「開けていいか?」
「うん、もちろん」
紙袋の中には、さらに小さなラッピングされた箱が入っていて、丁寧にラッピングを剥がして箱を開けると、
黒い小さな革製品が入っていた。
「名刺入れ?」
「そう、ねえ、ここ見て」
そう言って、名刺入れを開けて左の端を指差した。そこには
“M・H”
と型押しされていた。
「俺のイニシャルだ」
「そうだよ。ちょっと気に入った?」
「ちょっとって、マヤ・・・すごく気に入ったよ」
「ホント?」
「ホント、ありがと。大事に使うよ」
真澄はマヤをぎゅっと抱きしめた。
「キスしたい」
「ほえっ?」
「ほえっじゃないだろ」
「だってさっ」
「マヤは俺とキスしたくない?」
「したいです」
「じゃあしよう」
「うん」
最初はついばむようなキス。そして深く、やがて、舌と舌が絡み合って、溶け合って・・・
真澄は海岸でキスしたうなじに再びキスをした。さっきよりもずっと深く。
「マヤ、マヤ・・・・」
「ん?」
少し上ずってマヤは答えた。
「したい」
「したい?」
「したい。キス以外のことも。マヤは?」
「アタシも」
ああ、ホントにとろけちゃうよ
なんでこんなにキモチイイのかよくわからない
でも、なんでなんてどうでもよくって
アタシと、速水さんがいるってことが大事で
ああ、アタシはアナタの中に融けていきたい
ああ、俺の女。俺だけのもの
それでも不安で、不安で何度も君を求めてしまう
君は俺のことを求めてくれるのか
俺が君を思うほど俺のことを愛してくれるのか
ああ、君を俺の中に閉じ込めておきたい
「ううんん」
真澄が目覚めると、まだ夜が開けていないようだった。それでも隣にいるはずのマヤがいないのは、
腕の重みがないことで分かった。
「マヤ?」
取り合えず、そこら辺にあったズボンを履いて、辺りを探したが、マヤの姿はなかった。
「マヤどこだ?」
とてつもない不安に襲われた。再びあの孤独感が襲ってきて気が狂いそうだった。
「マヤ!!」
助けを求めるように、真澄は大声で叫んだ。
「ここだよ」
その耳に届いたのは、紛れもなく愛しいマヤの声だった。
「どこだ?」
「ここ」
「えっ?」
天使?
バルコニーから聞こえた声に振り返った真澄は、そこで、マヤであってマヤでないようなものを見た
気がした。
月明かりに照らされてバルコニーに佇むマヤは、生身の人間と言うよりむしろ、どこか異世界の生き物の
ようだった。例えば天使とか、妖精とか。
それは、胸の辺りで巻きつけた白いシーツとほぼ同じような白さで露になった肩と、風になびく黒髪、
その髪が月に照らされてキラキラと金色に輝いていたこと、そんなものがこの世の生き物でないような
感覚に陥らせたのか。
消えてしまいそうだった
その露になった肩を後ろから抱きしめるように、真澄がマヤに覆いかぶさった。
あっマヤだ
「寒いだろ?」
「うん、正直言って寒い」
「ばか、風邪引くぞ」
「だね」
「ほら、こんなに冷たくなって」
「速水さんはあったかいね」
「まあな、さっきまでマヤを抱きしめて寝てたからな」
「うん、さっきもあったかかった」
「とーぜん、俺生身の人間だから」
「ん?何それ」
「なんでもないよ」
「ふーん」
そのまま二人で夜明けを待った。だんだん辺りが白んできて新しい朝が始まる。
「うーさむ」
「あー速水さん背中メチャクチャ寒くなかった?」
「寒いよ。俺死ぬ」
「ふえ〜どーしよ」
「じゃ行こうか」
「どこに?」
「どーしよって言ったただろ」
「言ったけどさあ」
「ベッドに行くに決まってんだろ」
「えっ」
「アナタのお悩み解決します」
「えっとえっと・・・」
「ほらほらほらほら・・・」
「うーん。まいっか」
「そそ、良いのだよ」
新しい朝は、またやさしい一日になりそうな予感
fin
2005.10.06 (転載 2006.03.01)
あとがき
去年に引き続きこの企画に参加できてすごくうれしいです。
参加って言ってもホント何にもしてなくて、しかも最近雲隠れ状態で・・・すまん一応皆様に生存確認だけは
していただけたのかなって感じです。
去年の「殿マス」とのありがたいお名前を頂戴したマスではなく、曲のような癒し系マスがいればいいなっと
思って書いてはいましたが、全く癒し系て感じにはならず、そこら辺にいるふつーのにいちゃんになって
しましました。
まあ、それはそれでってことで・・・。
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2005年の誕マス“† Träumerei †”で発表した子リスちゃんの作品でゴザイマス。
とうとう貰ったぜ!リスちゃん作品を〜〜〜!!!(雄叫び)
そのワリにUPするのが遅くなって申し訳ない。。。
リスちゃんが書くほんわかした2人が好きで、極自然なやり取りが展開されていくこのお話がアタシのツボに
クリティカルヒットしたのを覚えております。そこら辺にいるふつーの兄ちゃん…いいじゃないですか!
だって、アタシのマスもそうだから…
大好きなお話をアタシに…と打診が来た時は本当に嬉しかったです。リスちゃん、どうもありがとう♪♪
また雲隠れ疑惑が浮上しているが(笑)、これからもヨロシクねvvv